議論について
結論からいうと、タルパ界隈に議論は不要である。
まず、wikiの議論には価値を感じていない。
なぜなら、wiki非ログインユーザーによる議論は、匿名掲示板の罵詈雑言飛び交う便所の落書きと何ら差異は無いからだ。
ルーパチ("ルー"ターの電源を"パチ"っと再起動させてIPアドレスを変えること)による自作自演が可能だからだ。
以前のペンライト(先代管理人)による自作自演は、彼がインターネットに対する知識がなかったために、管理人としてログインしなければ自作自演がバレないと思い込んでいたから発覚したものである。
言葉を選ばずに述べれば、彼がバカだったからこちらが気付けただけだ。
そうでない場合は自作自演かどうかを判断する要素が少なく、その時点で議論としての価値は皆無である。
議論の場として必要最低限必要なものは、ユーザー登録と、それに複数登録不可能な方式である。
そして、こちらはインターネットの仕様上実現不可能である。
捨てアカウントなんていくらでも作りたい放題なのだから、ルーパチと酉だけちゃんとしていれば自作自演も簡単である。
(酉:トリップのこと。詳しくはググれ)
ではどのようにしてネット上で匿名性を維持したまま議論を行うのだろうか。
それは信用という1点にのみ収束される。
例えばブログを開設しており、長期間断続的に更新している人間であるならハンドルネームを有しているだろうから、そのブログを担保に「彼である」という信用を基に証明とするのである。
ネット上の匿名の人物とはいえ、その人には今まで継続的に培ってきたネット上の交友関係と信頼関係があり、それを担保にして議論という場にようやく上がれるのである。
そうでなければ、議論にならないのである。
IPアドレスによる確認は、タルパwikiにおいては管理人以外は確認できない。
そのため、自作自演が横行する性質があることは上で述べたとおりだ。
さて、その対策として先代管理人自作自演問題のときのタルパーはzawazawaという掲示板を見つけて議論の場を設置した。
しかし見ての通りの過疎である。
問題は複数点あるが、最も大きいのは管理人が管理しようがない点である。
言葉を選ばなければ、狂人を追い出す機能が欠如しているのだ。
少なくとも議論の場に呼ばれるというソーシャルにおいて一定以上の信任・信頼を得ていない人物の発言の影響力は、その正当性に依らない。
捨て垢でいくら正論を吐いても何も相手にされないのである。
査読の無い論文に何の価値もないのと同じなのである(最近話題の社会学分野の方を見ながら)
そして上に御託を並べたが、私が言いたいことは「俺は信用あるけどお前らはあるの?」という意味ではない
(※↑これはヲチスレのアンチくんに向けた文章です)
その書き込んでいる人物がすべて同一人物ではないと誰が証明してくれるのであろうか。
手元にパソコンとスマホがあればいくらでも自作自演は可能である。
知っていてもやらないだけだ。
名前を出した書き込みはパソコンから行って、その書き込みを讃えて支持する書き込みをスマホから行う。
それだけで周囲の人間はこれだけ支持されているのだから、という雰囲気を作れるのである。
さて、先に結論を述べているが、自作自演の方法を公開したのは先の結論に導くためだ。
タルパ界隈に議論は不要である。
必要なのは有用性と信用と、それに伴う説得力である。
議論を交わしたとて、相手に受け入れられるかどうかはわからない。
それどころか相手が反発して絶対に受け入れないという姿勢を見せたのなら、それは結論が出るものなのだろうか。
誰か1人が反対するだけで否決されてしまう議論は、議論と呼べない。
議論とは通常止揚を目指すものなのだが、まずもって止揚が日本人に望む能力ではないので……。
(※ペンギンに空を飛べと言うようなもの)
なので、議論したいならまず自分の考えを何らかの形で発表して、それが如何に受け入れられるかに任せるべきだと思う。
走り書きなのでくそつまんねえ上にあんまり内容が無いけど、wikiとかいうゴミみたいな場で議論しようとしてるのが完全に間違ってるので、取り急ぎ。
最近いつも真面目な話ばっかで全然語録使わねえな……。